2000年8月22日。
MOTHERファンの皆さんには決して忘れられない「MOTHER3ショック」が走った日。
糸井重里氏の運営するサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」上で、
『MOTHER3 豚王の最期』の開発中止
(後に「開発中止」ではなく正確には「開発中断」だったことが判明)
がファンの皆さんに向けて発表されました。
これは糸井氏、宮本茂氏、現在の任天堂岩田社長が対談する形式で明かされ、
開発続行が困難になったこと、
ファンの皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいなことなどが語られました。
この発表の衝撃は、非常に大きなものとなりました。
各ファンサイト様の掲示板全てがファンの皆さんの悲鳴で溢れ返り、
言葉にし難い悲しみでいっぱいになる光景が広がっていました。
このMOTHER Partyの管理者も、体から魂が抜けるかのような衝撃を受け、
正気を取り戻すのに時間がかかった覚えがあります。
当時の出来事は、今も、そしてこれからも、決して忘れることはないでしょう。
その衝撃の大きさと当時のファンの皆さんの悲しみは、
その後「ファミ通.com」で実施された企画
「
『MOTHER3』の話をしよう」で垣間見ることができます。
「糸井重里さんと、岩田聡さんと、宮本茂さんの3人が協力しても、
創るということをあきらめなければならない状況というものが
存在しうるということに驚いてしまった。」
「そういった、いまの日本で理想的なもの創りをしていると
僕が(軽い気持ちで)考えていた人たちが、
それをあきらめてしまう状況があるのだということが少なからずショックだった。
そして、再び立ち戻ると、そういった人たちが「『MOTHER3』を創ることをやめました」と
口にするのだからこそ、本当にもう『MOTHER3』は出ないのだと思う。」
「経営者の頭が固いとか、お役所とか倫理機関がそれを許さないとかいうのなら、
僕は署名運動だってなんだってするだろう。
しかし、『MOTHER3』の開発をやめると言っているのは、
宮本茂と、岩田聡と、糸井重里なのだ。」
これは前述の企画を立ち上げたファミ通編集部の永田泰大氏のコメントの一部ですが、
ゲーム業界のスピルバーグ、天才プログラマー、一流コピーライターという、
世界最高のドリームチームが開発を断念する決断をせざるを得なかったことの重みが、
いかに『MOTHER3 豚王の最期』の構想が
実現困難な域にまで達していたかを物語っているようです。
一連の発表を受けた衝撃は収まることなく、
翌日には『MOTHER3 豚王の最期』の開発再開を求める様々な企画が立ち上がりました。
(MOTHER3復活希望企画の詳細は
MOTHER3のファン活動の欄をご覧下さい)
「開発中止」と伝える当時の記事
『MOTHER3 豚王の最後』開発中止!(ファミ通.com)